森林破壊は魂の崩壊 「温暖化」論議にもの申す 

1月13日14時12分配信   産経新聞の記事より。 


 ≪村人の心が変わった≫

 昨年末、東南アジアから南アジア、さらに南太平洋と、いくつかの国々を訪れた。地球温暖化の影響が懸念される地域と、インド洋大津波(2004年12月)から3年を迎えた被災地の取材が目的である。

 インドネシア・アチェ州西岸のラムプーク村は、大津波でモスク(イスラム教礼拝所)以外が一時水没してしまった村だった。
 被災1年後に取材したときには、「ブッシュ・クリントン通り」と呼ばれる道があった。災害で孤立した村を救ったのは救援物資を投下し続けた米軍である。ブッシュ元米大統領、クリントン前米大統領が実際に慰問に訪れたのを機に、そう命名されたのだ。

 米国のインドネシア支援の象徴でもあったラムプーク村はしかし、「トルコ村」へと衣替えしていた。トルコ赤新月社が約700戸の被災者住宅を建設したことから、モスク前の大通りはトルコの現首相の名を冠した「エルドアン通り」と改称され、ブッシュ・クリントン通りもイスラム風の名前に戻っていた。

 そのエルドアン通りに住むナスミンさん(38)に「違和感はありませんか」と聞いてみた。彼は首を横に振った。しかし、こう嘆くのである。

 「でも、住民たちの心はすっかり変わってしまった。村の仕事も以前なら共同作業で助け合ったものなのに、今ではお金にならないと動こうとしない」

 自然災害とそれに伴う援助によって村のありようが左右される。守ってきた風習や文化が変質してしまうこともある、と思った。
 ≪現実感欠く数字≫

 昨年から世界は「地球温暖化」防止の大合唱である。
 「先進国は2020年までに温室効果ガス25〜40%の削減が必要」「平均気温が2・5度上昇すると生物種の最大30%が絶滅する恐れあり」
 数字が独り歩きしているかのようで、いまひとつ現実感に欠ける。だが、雲をつかむようなこの思いも、温暖化の影響を受けた現場を目の当たりにすると一変した。


 約80の島々からなる南太平洋のバヌアツでは海面上昇により海岸浸食が進み、一部の島で住民が避難する事態に陥っていた。美しい白浜が削り取られた島も少なくなかった。

 影響は住民生活や環境だけにとどまらない。取材していて不思議に思ったのは「南太平洋には海抜の低い島が多いのに、国際社会に被害を訴えるのはツバルやキリバス、バヌアツなど数えるほどしかない」ことだ。たとえば仏領ポリネシアや米領サモアから、こうした声は聞かれない。なぜか。

 バヌアツの地球温暖化専門家、ブライアン・フィリップス氏(29)は、こう答えた。

 「独立国か否かの違いだろう。米仏など大国に属していれば、たとえ、島が水没しても住民たちの移住先で悩むことはない。独立を果たしたが故に、地球温暖化の問題で苦しんでいるともいえる」

 南太平洋のニュージーランド領トケラウ諸島で昨年、自治移行の是非を問う住民投票が行われたが、結局、否決された。もちろん地球温暖化だけが理由ではないにせよ、この問題が「国」のありようにも影響を及ぼしかねないことを示している。

 ≪魂が崩壊するとき≫

 ヒマラヤ山脈の王国、ブータンは国土の70%以上が森林に覆われた秘境である。だが、地球温暖化で北部の氷河が解けて氷河湖の水量が急増し、深刻な事態が懸念されている。同国の南北標高差は実に7000メートルあり、ひとたび氷河湖が決壊すると、森林をなぎ倒しながら一気に土石流が流れ落ちることになるのだ。

 ブータンは森林伐採を厳禁するなど環境保護を国是としている。主要産業の水力発電を維持するためにも不可欠な政策なのだが、何よりも国民が自然を守るという意識を共有していた。中部のポブジカ村には、毎年越冬のために飛んでくるツルを保護する理由から、電線を引くことをあきらめた住民たちがいた。ツルは民話や民謡に登場する大切な生き物である。

 「あなたたちは温暖化の問題を少し科学的にとらえすぎてはいませんか」。国営ブータン放送の男性人気パーソナリティー、ツェワン・デンドゥプさん(38)はこう疑問を投げかける。

 「私たちにとってそれは精神世界の危機なのです。ブータンの文学や音楽は山から生まれました。森林破壊とは、私たちの魂が崩壊することだと思っています」
 日本の温暖化論議に欠けているもの、それは日本も被害者であるという当たり前の視点ではないだろうか。温室効果ガスを削減しなければならないのは、他国のためばかりではなく、日本のありようにも影響する問題だからなのだ。温暖化で失われるかもしれない、日本の守るべきものとは何か。足下から見つめ直す必要がある。(シンガポール支局長 藤本欣也)